2005年度 「葉っぱのフレディ」を観ていのちの旅を考えよう

「葉っぱのフレディ」。
これは日野原重明先生が脚本、黒岩祐治キャスターが総合プロデュースされたミュージカル。美しい舞台セット、音楽、一生懸命演じる子ども達。その中で、葉っぱの一生を通して、いのちの旅が語られる。 『人はどこから来て、今どこにいて、これからどこへ行くのか。』 講堂でこのミュージカルをビデオで観て、生徒達はいのちについて考えることになった。 あらすじを交えてみんなの感想を紹介します。

大きな木の太い枝に生まれた、葉っぱのフレディのおはなし。春に生まれたフレディは、はじめは、葉っぱはどれも自分と同じ形をしていると思っていましたが、やがてひとつとして同じ葉っぱはないことに気がつきます。フレディは親友で物知りのダニエルから、いろいろなことを教わります。自分達が木の葉っぱだということ、めぐりめぐる季節のこと...フレディは夏の間、気持ちよく、楽しく過ごしました。

私は今まで、『葉っぱのフレディー』の絵本も読んだことがなかったので、どんなお話なのか全く知りませんでした。最初に日野原先生自身が出てこられて、ご自身の体験を語られていた16歳の少女のお話は『生きかた上手』のなかにも書かれていて、強く印象に残っています。私は親しい人が亡くなった経験もまだ無く、自分の目の前で人が亡くなるという経験がないので、人が死んでいくとき、どんなことばをかけてあげるべきなのか・・・わかりません。充分病気と闘って頑張ってきた人に、これ以上「がんばれ!!」というのはどうなのか?やっぱり安らかに眠りにつけるように安心させてあげるのがいいんだと思いました。「がんばれ!!」ということばは難しいなと思いました。日野原先生もそんな経験をたくさん積んできてこられたからこそ言えることがあるのだなと思いました。
この『葉っぱのフレディー』の物語は木の葉を題材にして、ひとの命のたいせつさを伝えているというのが、だれにでもわかりやすく、身近な自然の命にも目を向けることができるとても良いお話だと思います。毎日毎日が忙しく、なにも深く考えることなしに、ただなんとなく過ごしていた私にとって考えさせられることがたくさんありました。自分は、「どこで生まれて、今があり、どこへ行くのか?」ということや、「すべての命は繰り返される・・すべてのものは変化している・・」ということは、普段の生活では忘れがちになっていて、考えてみることもありませんでした。でも、幼い頃は花が枯れたり、飼っていた虫が死んだ時、不思議に思ったり、とても悲しかったことを思い出したりしました。
まだ「死」についての経験が浅い私は、「死」は怖いというイメージしかなかったけれど、「死」は次の命への出発点であることに気づかされ、「いのち」について考える機会をもつことができて、本当によかったです。(養老 瑛美子)


フレディ達は遅くまで遊んだり、人間のために涼しい木陰をつくってあげたり。秋が来ると、緑色の葉っぱたちは一気に紅葉しました。みなそれぞれ違う色に色づいていきます。そして冬。とうとう葉っぱが死ぬときがきます。死ぬとはどういうことなのか...ダニエルはフレディに、いのちについて説きます。「いつかは死ぬさ。でも”いのち”は永遠に生きているのだよ。」フレディは自分が生きてきた意味について考えます。「ねえダニエル。ぼくは生まれてきてよかったのだろうか。」そして最後の葉っぱとなったフレディは、地面に降り、ねむりにつきます。

葉っぱのフレデイで1番印象に残ったシーンは、日野原先生が医者になって初めての患者さんの話でした。ミュージカルの中ではルーク先生の患者さんの話ということで演じられていましたが、実話だと知って強く心に残りました。
理由は、日野原先生は今では雑誌やテレビでいっぱい取材されているし、聖路加国際病院はすごく良い病院として日本中で有名なので、日野原先生は医者になりたてのころから偉大な医師だったんだと思っていたからです。でも、その少女のシーンで日野原先生が「どうして『お母さんに言っといてあげるから安心して成仏しなさい』って言ってあげれなかったのかずっと悔やんでいた」という言葉を聞いて驚きました。考えてみると、何事においても最初から完璧にできる人なんていないのになんで馬鹿らしい勘違いをしていたんだろうと思いました。
私は今年の4月から大学に進学します。将来の夢を実現するために1番行きたいと思っていた大学で、実際に合格した今、将来の夢に一歩近づいた気がして嬉しい反面、私が苦手な科目の授業が多いので「大丈夫かな。勉強が難しくて途中で挫折しないかな。」と不安に思っていました。でも、日野原先生も最初から完璧ではなかったんだ、いっぱい辛い思いや苦しみや悩みを乗り越えたからこそ今があるんだと思うと勇気が出てきました。
過去の自分の失敗を人に言うのはとても勇気のいることです。でも、日野原先生はあんなに大勢の人の前で自分の失敗を言いました。そのことにも心から感動しました。
『葉っぱのフレデイ』ではもちろん命の大切さも学びましたが、最初から不安を感じて足踏みしてたらいけないんだ、と勇気をもらうこともできました。この先もしも勉強などのことで挫折しそうになったり諦めかけたりしたら『葉っぱのフレデイ』のことを思い出そうと思いました。(北野史子)


"死"について考える作品。フレディとダニエルの会話を通じて、生きるとはどういうことか、死とはなにかを考えさせられます。「死ぬということも 変わることの一つなのだよ」というダニエルの言葉が哲学を解きます。

「葉っぱのフレディー」は人間の一生と葉っぱの一生を重ねて命について考えるミュージカル。短期間で構成から始めたとは思えない程の完成度で感動しました!日野原先生のチャレンジ精神を失わない姿にも感銘を受けました。今日は「いのち」について深く考えることができた1日だったと思います。今日私が感じた事は絶対に忘れてはいけないと思いました。ありがとうございました!!(河野茉理子)

楽しみながらも、命について学べるというのはとてもいい事だと思いました。死ぬという事が終わりではない事、全てのものは変化していくんだ、という事。今までは「死」について恐れている部分もあったし、後ろ向きな考えを持っていたけれど、このミューカルを見て、少し前向きな考え方が出来る様になった気がします。 「命」と一言で言ってもいろんな考え方があって、その尊さや大切さを学ぶ事は今の私にとってとても重要な事だし、これからもしっかりと考えていかなければならない事だと改めて思いました。(福代 千春)

1つの言葉がとても心に残りました。食べられるのも僕らの仕事なの? この言葉、文章で書いてあるのを見ただけでは、あまり伝わらないと思いますが、私はこの言葉にすごく深い意味があると思って、1番心に残っています。この言葉をフレディが発する場面は葉っぱたちが虫に食べられてしまいそうになるシーンで、最後にフレディが葉っぱたちに言う言葉です。仲間の葉っぱたちへの疑問の言葉? それともフレディが自分自身に問いかけた言葉?私はこの二つ両方に当てはまるとおもいました。 葉っぱも太陽の光を浴びて生きている。虫も葉っぱを食べて生きている。 食べて、食べられ・・の生きる世界。やがてその中でバランスが崩れると世界が崩れる。 フレディは自分の死の恐怖も感じていながらも、世界の中の命についても深く考えている。自分ひとりが死を経験せずに、ずっと生きていくわけにはいかない。そんなキモチがあるからこそ、この言葉が言えるんだと感じました。 私はチャレンジプログラムで東京の日野原先生や黒岩様のお話を聞きに行きますが、お話を聞いた上できっとまた沢山得るものもあると思うので、そこで得たものを通して、この食べられるのも僕らの仕事なの?という言葉の意味を探したいとおもいました。(仲野 さや)

写真は(株)童話屋のHPより