2005年度 目の不自由な方と本を読もう

このプログラムはボランティアグループの方の紹介で、目の不自由な方の家を訪問して、
本を読むというプログラム。写真ではなく、生徒感想でお伝えします。


生徒感想
私は今回目の不自由な方へ朗読をしに行きました。初めは本当に緊張しました。どんな人なんだろ、どんな生活をしているんだろう、など色んな事を考えて行く道を歩きました。着いて、出迎えてくれた人は笑顔で明るい優しい人でした。私達、健聴者と全く変わりませんでした。むしろ、希望に満ち溢れていました。本が大好きな方で本のお話をしてくださる時の目はきらきらしていました。
その時、私は改めて自分を振り返る事ができました。こんな風に一生懸命に毎日を生きているのかなぁと。お話の中で、目の不自由な方は自分をこういう風におしゃっていました。「私は自分のしたい事ばかりして、他人に迷惑をかけっぱなしなの。だから常に感謝の気持ちでいっぱいです。」と。
私はこの時思いました。こんな風に人に感謝したり、ありがたいといった気持ちを忘れていたんじゃないかなぁと。こういう風に素直に感謝の気持ちを口に出して言えるという事は本当に立派だなぁと思いました。
私は失ってしまったものをいつまでも悔やむより、その事実を受け止め、前向きに生きていく事は本当に大事だなぁと思いました。痛みを知る事で人の痛みもわかり、現代で一番欠けている優しさに触れる事が出来る事も教えてくれました。このプログラムに参加して本当によかったです。 (大丸 恵)


目の不自由な方と読書を通して交流をする日、優しそうな上品な女性が私達を家に迎えてくれました。その方は、私達の想像とは違い、まるで普通の人と同じように生活しておられて、大変驚きました。向かいあってそれぞれ挨拶や自己紹介の後、その方が本の紹介をしてくださいました。
そして本を朗読することになり、順番に太宰治の本を少しずつ読みましたが、太宰治の文章を初見で読むのはとても難しく、きちんと内容が伝わっているか不安でした。しかし、最後に「みんなお上手よ、ありがとう」と言われ、ホッとしました。
また、その方は「目が見えなくなって本が読めなくなったことが一番不便だ」とおっしゃっていたので、「ありがとう」という言葉を聞いて、確実に私の力が役に立ったんだと感じ、とても嬉しかったです。ボランティアを通して学ぶことができる大切なものを得ることができた気がします。 ボランティアについて、あまり良くない考えの人もいますが、ボランティアをする人もしてもらう人も、お互いに気持ちがよくなるのならば、それは素晴らしい事だと思います。
今まで何かボランティアをしたいと思っていましたが、“ボランティア”という事にあまり自信がなく、ボランティアに参加しませんでした。しかし、このプログラムを通して、“ボランティアへの考え”をしっかりと持つことができたと思います。また、大学で様々な人とボランティアを通して交流したいと強く思うようになりました。
私にボランティアについて考える機会を与えて下さった、先生、ボランティアグループの方々、私達を迎えて下さった方に大変感謝しています。ありがとうございました。 (永畑 沙奈)


訪問する前は、目の不自由な方で本を読むことも出来ず、一人暮らしと聞いていたので、どんな方だろうかと思っていました。私の顔も分からないだろうと思っていましたが、あってみて本当に驚きました。その方は、話をされる時は相手の目をしっかり見て話されるので、まるで本当に見えているようでした。 目の不自由な方に実際に本を読むのはとても難しいことがすぐに分かりました。ただ、本を読むだけじゃなくて、本の話、昔の話まで聞けて勉強になりました。戦争中の話は祖父母に少し聞いたことがあるだけでしたが、戦後の日本が本当に貧しい時代だったことを詳しく聞いたことはなかったので、本当に良い機会でした。
中でも、一番印象的だった言葉は、「私はみんなに助けてもらってるのに、私は何も出来ない。」という言葉でした。絶対そんなことはない!私はそう思いました。今回このような機会をいただいて、私はこんなことに気付きました。社会の中にはこんな風に助けを必要としている人がたくさんいるし、一方で、体が不自由になっても明るく前向きに生きておられる方がいらっしゃるんだと言うことを知り、逆に勇気や力を頂きました。だから、私は何も出来ない。なんてことはない。みんな、お互いに助け合い、勇気や希望をもらいながら過ごしているんだって思いました。 また、訪問して、もっと読んで、また支えあいたいと思いました。 (北野史子)