松蔭高等学校の3年生50人が卒業間近の2月26日、大型バス1台を仕立てて吉野材のメッカ、桜井市に乗り込んできた。当日はあいにく雨模様。しかし、車内の生徒たちは元気そのもの。おしゃべりが絶えず、あちこちから笑い声や歓声が上がる。

人間は自然に守られている
桜井から川上までは山道を1時間ほど。バスの中ではこれから訪ねる川上村の吉野林業についてのオリエンテーションがクイズ形式で行われた。出題者はもちろん泉谷さん。「吉野林業では日本で一番早く植林が行われました。ではそれは何年前でしょう?」「吉野では1haにたくさんの木を植えますが、植林本数はどれくらいでしょう?」こうしたクイズに答えさせ、答に寸評を加えながら森林や林業のことを説明していく。

そうこうするうちにバスは川上村に到着し、最初の訪問地である250年生の森へ。周囲の若い森とはまったく異なり、巨木が群れをなして天を突くように仕立する眺めを前にして、生徒たちは一瞬声を失った後、「すごいわあ」「おっきい」とざわめき合う。


道端から少し登ったところにある切株では、200年を超える年輪の上に乗っかってみたり、手を触れてみたり。年輪の数を数え始めた子もいたが、途中であきらめてしまった。「真ん中の方も細かく目が詰まっとるやろ。それだけ良い木だってことです」。地元で樽丸づくりに従事する春増薫さんの説明に、皆うなずく。
昼食休憩後は、その春増さんが樽丸づくりを実演して見せた。割った板を独特のカーブを持つ専用の刃物で削っていく。初めてみる光景。めくれるように削りカスがはがれていく様子に嘆声が漏れた。「誰かやってみるかい?」。誘いに応じた生徒は2人。そのひとり、刃物で割るところから板の削りまでを通して体験した生徒は「刃がよく切れるので驚きました。割るのは緊張しました」と上気した顔で感想を語ってくれた。
続いて訪問したのは、川上村の自然や生活に関する展示が豊富な「森と水の源流館」。館内を一通り見学した後、館長の辻谷達雄さんの話を聞いた。
「森がなかったら人間は生きられないと思う。自然を守ろうなんて大きな口きいたらアカン。自然に守られて生きている。それをはきちがえたらイカン。人問ができることは自然を荒らさない、山を汚さない、それくらいしかない。自然はちっぽけではないということを感じ取ってもらいたい。蛇口をひねると水が出る。その水の源はどないなってるのか。それを感じながら蛇口をひねってもらいたい
と思います」



「きのころ」を体験して山を身近に感じる


メーンイベントの「きのころ」体験は桜井市内にある泉谷さんの工場で行われた。手のひらにのるほどの小さなヒノキの木片と紙やすりが全員に手渡される。あとは好きなように削るだけ。最初は隣同士で冷やかしあったりしていたが、次第にみんな夢中になって紙やすりを動かし続ける。先生やバスの運転手も削りはじめ、木片に鼻を近づけて匂いをかいだりしている。

削る形は思い思い。やはり女の子だからか、あるいはシンプルで簡単だからか、ハート型に削っていく子が何人かいたが、ただ手触りをよくするため、角に丸みをつけていったり、楕円形を目指したりと、みんな好きなように削っている。削り粉が舞って、あたりは少しほこりっぽい。しかし、ヒノキの芳香がたちこめて心地よさは格別であった。

泉谷さんは「一番伝えたかったのは、われわれは自然の中の一部だということ」と、ツアーの目的を説明する。
その思いは届いたのだろうか。何人かの生徒に感想を聞くと、「きのころは楽しいし、癒される」、「『自然に守られてる』って聞いて、あっ、そうやなって思った」、「守らなアカンと思ってたのが、守られてるのがわかった」と、うれしい反応が返ってきた。